フィジカルアセスメントの第一人者であり、『看護がみえるvol.3フィジカルアセスメント』のバイタルサインをご監修いただいている山内豊明先生に、ご自身のフィジカルアセスメントの授業のススメ方や授業設計、学生指導についてお話しいただきました。

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目次

 

授業づくりはカリキュラムの全体設計から

フィジカルアセスメントの授業を実施するうえで何が重要だと考えていらっしゃるでしょうか?

私は授業に臨む前まででほとんど勝負がついていると考えています。長いスパンでいえばその授業までに学生にどのような科目を終えさせておくかということ、短いスパンでいえば教員がどれだけ授業の準備をして、学生にどのような予習をさせるかということが重要なのです。

まず、「どのような科目を終えさせておくか」というのは、フィジカルアセスメントの授業単体ではなく、カリキュラム全体の設計から検討する必要があるということでしょうか?

その通りです。その授業のことだけでなく、「学生をどう育てますか?」という問いのなかでフィジカルアセスメントの授業をどのように位置付けるかも考えなくてはなりません。授業の担当者にはぜひ、フィジカルアセスメントを教える前に終えていてほしい科目や、全カリキュラムにおける位置付けを理解しておいてもらいたいのです。これがわかっていれば、「フィジカルアセスメントの授業を1年生の前期にやってください」と言われたときに「人の身体の呼び名すらわからない時期にそれは無理です」と主張できますよね。こういう科目に対する責任を持ってほしいなと考えています。

なぜ「予習」をさせるのか?山内流授業の仕掛け

次に「学生にどのような予習をさせるか」という部分について、先生はどのような事前学習が必要だと考えていらっしゃるか教えてください。

フィジカルアセスメントの授業のための予習には2つのパターンがあると考えています。これはフィジカルアセスメントが2種類に分かれることに関係しています。

1つは呼吸器のアセスメントのような、淡々と行われている生物学的な生命維持の営みをモニタリングするフィジカルアセスメント。これは「生きている」という状態を守るためのフィジカルアセスメントとも言えます。このタイプのアセスメントでは、あるべき姿がそこにあることを把握できなくてはならないため、人の身体が本来どのような構造を持っていて、どのようになっているのか、つまり「解剖生理の知識の確認」をする予習が必要です。

もう1つは、感覚器系のアセスメントのように機能を観察するフィジカルアセスメントです。これは「生きていく」のを支えるために行うフィジカルアセスメントとも言えますね。こちらでは解剖生理、例えば目玉の構造を調べるだけでは不十分で、見えることに不自由があったら何に困るか、そしてそれについて生活場面でどのようなサポートがふさわしいかを見抜いて、結びつけられるように「思考の準備」をさせなくてはなりません。

「解剖生理の知識の確認」の予習は具体的にどのようなものですか?

次の授業に必要な解剖生理や病態生理について、あらかじめ指定した事項について自ら調べてA4用紙2枚以内にまとめてきてもらいます。例えば呼吸器系のフィジカルアセスメントの場合には、肺と骨の重なりがわかるように人の胸の絵を描き、それに部位の名前を記入してきてもらうことで、事前に胸の構造と各部位の用語を頭に入れてもらう。あとは、呼吸音の分類や音の名称、音がどのように聴こえるのかということも授業までに学習してもらう必要があります。

「思考の準備」の予習は具体的にどのようなものですか?

「見えることに支障があったら何に困りますか?」「聴こえることに支障があったら何に困りますか?」といった問いについて考えてきてもらいます。これは「解剖生理の知識の確認」のように資料を調べてわかるものではなく、想像力を膨らませないとできないものです。

何もないところから、先生のおっしゃるような質問の答えを考えるのはなかなか難しいですね

はい。これが人生経験の長い人であれば、自身の体験からこのような問いを考えられます。例えば、結膜炎になったことがあれば「結膜炎で片目が見えなくなったときは、こういうことに困ったな」という具合です。しかし、二十歳くらいの学生さんであるとそういった経験が少なく、なかなかピンとこないもの。ただ、看護師は病を患っている人と向き合う仕事ですから、このようなことについて一所懸命、想像力を掻き立ててほしいですね。

以前「音が聴こえなくなったら何に困りますか?」という質問を出したときに、今でも忘れられない印象的な回答が返ってきました。多くの学生は「クラクションの音に気がつかなくて危ない」などの答えを考えてきたのですが、その学生は「大好きな人の声が聴こえなくなって寂しい」と回答したのです。看護ではぜひこのような感覚を持っていてほしいと思います。

「解剖生理の知識の確認」「思考の準備」どちらの予習にもかなり時間がかかりそうですね。

そうですね、授業時間の2倍くらいかかっているのではないでしょうか。ただ、それくらいやってくるのは当然だと思います。さらにそもそも文部科学省としては、学習時間とは講義時間だけでなく、予習と復習を含めた時間をもって単位を考えています。そうなると、少なくとも授業時間と同じかそれ以上の時間をかけて予習をしてこないと、求められている学習時間をカバーできないはずなのです。

授業ではこれらの予習をどのように生かしているのでしょうか?

予習してきたものを事前に提出させて、学生がどのように理解しているのか、また何に悩んでいるのかを把握したうえで授業に臨むようにしています。このとき学生の予習レポートにはあまりコメントを入れず、あえて講義内でフィードバックするのがポイント。なぜかというと、授業前に返却した予習レポートに赤字が入っていると学生は「大事なことが書いてあるからもういいや」と見なくなってしまうからです。何も書いていないほうが授業中に自主的にメモを取ってくれます。

つながりを意識する!予習・講義・演習の設計

フィジカルアセスメントの授業では演習が重要かと思いますが、どのような工夫があるでしょうか?

予習から講義、演習までのつながりを意識して授業を設計しています。まず、その日の演習に関連する事柄についての予習を出して、講義でその内容について学生の理解を深める。そして演習で実際に手技を実践してもらいます。この一連の流れを作るために私は講義と演習を同じ日に設定して、頭で整理した知識と繋げられるようにしています

また、演習の記録を提出するまでは家に帰さないことにしていますね。というのも、看護師が次の看護師に業務をバトンタッチするときには、自分の知る情報を伝えるために記録を書かなくてはならないからです。

演習の記録を書くことを通じて看護師としての基本姿勢を身につけさせているのですね。

その通りです。上手に書くことや速く書くことは訓練をすれば済む話なのです。でも、書き終わるまでが仕事であるということは、我々看護師としてのプロフェッショナルに関わる基本姿勢のため、学生の内から身につけさせないといけないものだと考えています。

そして学生の書いた記録を全てチェックして次の週の授業の初めにフィードバックをする。この翌週の復習をもってその授業が完結するのです。

学生の人数分の予習と記録を1週間で全て確認するとなるととても大変ですね。

そうですね。ただ、学生たちにも「予習をしてきなさい」、「記録を出しなさい」と言って授業の数倍は時間をかけさせるのですから、当然教員もそれに合うように動き、学生と同じくらいの時間を準備などにかけるべきであると思います。

限られた時間のなかで一度演習をさせるだけでは十分な技術レベルに到達するのは難しい、という悩みを持っている教員の方にどのようなアドバイスができるでしょうか?

レベルを上げながら繰り返し演習させる機会を作るとよいと思います。

名古屋大学では、1年生の後期の「基礎看護技術」と 2年生の後期の「フィジカルアセスメント」で血圧測定を取り上げていました。ただ、この2つの授業では全く同じことをさせるわけではありません。「フィジカルアセスメント」の演習では、〈起立性低血圧を見抜ける力をつける〉ということをテーマにして、ただ測ることができるだけではなく、短い間隔で繰り返し血圧を測ることができるという一段上のレベルを求めるようにしていました。また、血圧を測り直す際、基本技術ではマンシェットをもう一度巻き直すというのが流儀ですが、起立性低血圧の検査では2分後や5分後に再度測定することが求められるため、巻き直しをしていたら間に合いません。そこで、この場面ではマンシェットを巻き直すほどの正確な値が求められているのかを考えさせるのです。このように少しずつ技術レベルを上乗せしつつ繰り返させるような工夫をしていました。

そうなると先生が最初におっしゃっていたように、「フィジカルアセスメント」の授業のことだけを考えていては不十分ですね。

そうなのです。だから、1つの授業のことを考えるだけでなく、カリキュラム全体を組み立てるところに参画するというのが重要になってくるのです。

シミュレーターを開放!いつでも学べる環境づくり

呼吸音や心音の聴診については、どのように学ばせるとよいでしょうか?

まずは、健常者同士で聴診して実際の呼吸音は教材の大きな音とは違って実は静かだということを体験してもらいます。ただ、これだけではバリエーションに対応できないため、動画などの教材を使うことで音の受け皿を準備させるようにしています。この受け皿というのはカタログのようなもので、聴診とは自分の頭のなかにある音のカタログと、聴こえた音を照合する作業なのです。「看みえ」の付録の音声や動画はこの頭のなかのカタログを作るのに使えるのではないでしょうか。

「看みえ」で頭のなかに音のカタログが出来上がったとしても、それだけでは臨床には出られないですよね?

そうですね。音のカタログを作るだけでは、まだ実際に患者さんに聴診器を当てるというところまでに距離があります。その間を埋めるのがシミュレーション教育だと思います。なお、呼吸音のような「生きる死ぬ」に関係する身体所見は真似をして提示することができません。そのため私はシミュレーターの使い方を学生に教えて、シミュレーターを開放することで、学生が納得いくまで勉強・シミュレーションできる環境を作っていました。ちなみに学生には「自分でセットして聴くと何の音かわかってしまうから、できれば友達と出し合いっこをしましょう」と伝えるようにしていました。

また現在、研究の一環で、バーチャルのシミュレーターを作っています。これは、オンライン上にあるプログラムにある人体模式図をスマホやパソコンで触れると当てると、該当する箇所の音が聴こえ、それに対して選択肢を選んだり、文字を入力したりすると自動的にフィードバックをしてもらえるというものです。ちょうどクラウドの向こうに教員がいる状況に似ています。このように音のカタログを作った後にどう臨床現場につなげるか、という方法論は進化しつつあります。

動画教材は主体的な学習に役立つ!

先生は動画教材もいくつか監修されていますが、映像はどのように活用されていますか※『看護がみえるvol. 3』ではバイタルサインの動画を監修

授業では手元を見せづらい時などに動画を使っています。また、講義はノートを取れますが、動きは頭で記憶するしかありませんので、学生が授業を振り返るときに動画教材があると良いですね。演習などに臨む前のイメージトレーニングとしても、バックアップ教材としても使えるのがとても助かります。

答えそのものを示すのではなく、答えを出す道筋や学び方を学生に身につけさせるというのがコツであると私は考えています。動画についても「動画教材で復習できる」ということを伝えておくと、授業後に「なんだったっけ?」となったときに自主的に見てもらえるので有効ではないかなと思います。

最後に意識すべき看護教員の役割について先生の考えをお聞かせください。

学生は目の前の授業に夢中になると自分が全体のなかのどこにいるのかがわからなくなってしまうので、全体像を見せながらアドバイスするというのが教員の役割の1つではないでしょうか。また、学生は自分が学ぶことの中身がまだわからないため、何が大事なのかも掴めないものです。教員の方々にはぜひ、これは外してはいけないという部分をしっかり指南していただきたいと思います。

本日はお忙しいなか、貴重なお話を聞かせていただき誠にありがとうございました。

※本インタビューは2020年8月に行われたものです。現在の所属・役職等は異なる場合がございます。

山内豊明
放送大学大学院 文化科学研究科 生活健康科学 教授
名古屋大学 名誉教授
1985年  新潟大学医学部医学科卒業
1991年  同大学院博士課程修了
1993年  カリフォルニア大学医学部神経科学部門勤務(~95年)
1996年  ニューヨーク州ペース大学看護学部卒業
1997年  同大学院修士課程修了 米国ナースプラクティショナー免許取得
1998年  ケース・ウエスタン・リザーヴ大学 看護学博士課程修了
1999年  看護師・保健師免許取得
2002年  名古屋大学大学院医学系研究科 基礎・臨床看護学講座 教授
2018年~ 現職